神を創った男 大江匡房
大江匡房。平安後期の学者・歌人。博学で有職故実に詳しく、後三条・白河・堀河天皇の侍読(今で言う家庭教師)を務めたという。
英雄でもなければ悪党でもない、華々しい逸話などない、日本史上においてはあまり注目されない地味な人物。――しかし。
彼を中心にして周囲を俯瞰すれば、小野篁、菅原道真、源頼光、といった偉人から鬼や土蜘蛛、御霊といった怪異、更に傀儡、呪術、陰陽道、と伝奇ものに特有の要素が彼の周囲で漂っている。というよりも、彼――大江匡房こそが、それらを世間に伝播させた張本人では……?
日本史の闇に精通する伝奇ホラー作家が、謎多き偉人の正体に挑んだ歴史エッセー。学者ではなく作家だからこその独自の視点で、大江匡房が日本の伝奇ものの祖ではないか、という仮説の検証を試みている。そしてそれは結果として、日本古代史における御霊信仰とケガレ信仰の再検証にもなった。どのように改変されようと、ほんの一部であろうと、己の思想を藤原氏や天皇家に消されることなく現代にまで伝わり残したことは、彼を日本史における勝利者の一人と評せられるのではないか。
伝奇もの好きがこれを読めば、きっと、本人が遺した著作を読みたくなるだろう。
ペガーナの神々
まだこの世が始まらない前――。
<宿命(フェイト)>と<偶然(チャンス)>が勝負をした。勝者がマアナ=ユウド=スウシャイに神々を創らせた。その後、マアナは休息のために眠りについたが、<宿命>と<偶然>は大空を盤に、神々を駒にして新たな遊戯を始めた。しかし人々はそれに気づくことなく、神々を崇め続けるのだ――。
ラヴクラフトの創作に多大な影響を与えた、神々の活躍とその黄昏を詩的にかつ雄大に描いた創作神話の短編集。クトゥルフ神話を嗜んでから読むと、どの部分が参考にされたのかがよくわかる。そして古典ながら、根源という以上の読書体験を得られた。クトゥルフ神話の拡張を画策している人にぜひ読んで欲しい。何らかのひらめきが得られるはずだ。
世界残酷物語 下
近代に入り、文明の発展が一段と進むと、犯罪集団は組織として洗練され、表の社会に強い影響力を持つようになる。一方の個人に目を向けると、かつて貴族や権力者によるものだった、衝動的犯罪や自己実現を目的とする犯罪を行う市民が増加する。貧困や不満だけではない、人を犯罪へと走らせる因子とは――?
下巻は1970年代までの近現代の犯罪史を俯瞰する。そして続く第2部では、犯罪行為の核心である、人を犯罪へと走らせる「暴力の心理」について、これまでの仮説を紹介しつつ、人が暴力に走る過程を考察していく。そのパターンは複数あるが、共通している、つまり歴史を通して変わらないのは、犯罪者とは己の欲望や感情を抑え律しきれない人、だということだ。正義感も暴走すれば犯罪や暴力活動の動機となるように。
逆に言えば、犯罪の抑止とは、欲望や感情を制御する術を身に着けた人を増やすことである。その方法については、本書が参考になるかもしれない。
以下、本書の核心に言及しているため、ネタバレ注意。
世界残酷物語 上
古代ローマの人たちはコンクリートを活用し、公衆トイレや公衆浴場など優れたインフラストラクチャー(社会基盤)を築いていた。一方で、その歴史は犯罪と暴力と謀略に満ちていた。
ナザレのヨシュアが創生し、後にパウロによって洗練されたキリスト教は、マイノリティ(少数派)の時代は常に排他と迫害に遭っていた。しかし権力を握ると、教皇の地位安定に不都合な相手を異端として排他し迫害した。
18世紀に始まった産業革命は国を富ませた。一方で貧富の差は拡大し、個人による犯罪が増加した。
教科書で学ぶ歴史は「上澄み」。その底には、謀略と暴力と殺戮の歴史が沈殿している。そしてそれらが行われるたびに登場するキーワード「確信人間」と「魔術的思考」。これらへの理解が広まれば、戦争や犯罪の抑止に繋がるのか。
記録され残された史料を元に異色の批評家が綴る"罪"の人類史!
上巻は古代・中世・近代までを収録。原著の刊行は1984年なので、それ以降に発見された史料によって更新された史実もあるので、そことの相違には注意が必要。
「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるが、本書は「事実は小説よりも残酷なり」を示している。本書でまとめられている史実に比べ、創作で描かれる残酷行為がいかに生易しいか! 逆に言えば、創作における悪役や悪徳の描写について、本書は格好の参考書になるだろう。
体位の文化史
神話や歴史上の人物の名が冠された体位がある!
西洋では《宣教師》、日本では《本手》と呼ばれていた体位は■■■!
人に限らず哺乳類全般でプレイが確認されている性技とは!
古今東西の性典や資料を収集し、豊富な図版と共に体位や性技の歴史をたどる、フランス発セックス事典!
付録として性に関する表現語一覧に、18世紀末にフランスで秘密裏に刊行されたセックス指南本『フランス四十手』と、江戸時代に日本で刊行されたセックス指南本『性技四十八手』を収録。
日本もそうだが、とろ火で煮込む、笛を調律する、など昔のフランスの性表現もなかなか豊か。当時の偉人や歴史上の人物がどのような行為に及んでいたのか夢想するのも楽しい。奇を衒ったようなアクロバティックなものもあり、官能小説からポルノグラフィーまで、創作する人にもお薦めしたい小ネタ満載の性文化の事典。
男女交際進化論 「情交」か「肉交」か
福沢諭吉は「男女交際」という言葉を創作し、「健全な男女交際においては"情交(精神的文化的交わり)"と"肉交(肉体的な交わり)"、このどちらも重要である。」と説きました――。
なぜ学校には男女交際に厳しい校則があるのか。なぜ性教育で「セックス/性行為」を教えることに反発が起きるのか。その大元は明治時代の近代教育制度にあった!
当時の教育者や知識人によって醸成されていった、男女交際思想の成り立ちを解説した著書。
平たく言うと、彼らなりに生徒の健全なる成長と社会秩序のために男女交際を制限する理念、つまりは校則を設けて、更に「肉交」を下位視し「情交」を上位視する教育者や知識人が多数派だったことが現代の性教育にまで影響していて、そしてその根本には武家的男尊女卑思想の名残だったり仏教やキリスト教といった宗教思想の名残だったりが含まれている、と。
しかし現実には「肉交」を排除する教育は所謂「無知シチュ」的な性犯罪を助長する要因にもなったわけで(「大野博士事件」など)、現代日本でも情交と肉交をセットにした性教育に反対する人がいますが(「性教育反対運動」「はどめ規定」)、そろそろ文部科学省は方針を転向してもいいのではないでしょうか。
ということで、校則の成り立ちや近代日本の恋愛史観に興味がある人に薦めたい本です。
※併せて読んでほしい本
(大正時代の性教育論)
・アリエナイ医学事典/亜留間次郎
(地方から見た性風俗の実態)
・夜這いの民俗学/赤松 啓介
・盆踊り 乱交の民俗学/下川耿史
ヴァージン 処女の文化史
象徴として神聖視または特別視される一方で、そうであることにマイナスの印象を持たれがちな「処女」。処女はどのような過程を経て、この自己矛盾を獲得するに至ったのか。
長い歴史の中で宗教やイデオロギーに翻弄されてきた「処女」を様々な面から分析し、偏見(ファンタジー)を解体し、真実(リアル)を日の下に晒した、読む者が抱える女性性・処女性の価値観を大きく変える(かもしれない)好著。
第一部はセックス/SEXとしての処女を解剖学の視点から分析、第二部ではジェンダー/GENDERとしての処女を歴史学の視点から分析しており、その中で様々な偏見や幻想がどのようにして培われていったかを紹介し、それらが誤った認識であることを解説している。
分類としては西洋史だが、実際読むと処女にまつわる誤解は日本人も同じ誤解をしているのではないだろうか、と思われる記述がそこかしこにある。また、ポルノビデオやポルノコミックで多用される表現の根源と思われるものについても本書では言及されているので、性表現に興味がある人にもおすすめしたい。
イデオロギーや政治的思惑や宗教的価値観によって翻弄され拗られていく「処女性」を本書で見つめることは、あなたの内にある「性」にまつわるもやもやや誤解や疑念を解消するきっかけになるかもしれない。