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適当徒然

適当に徒然なことを記事にします。

ep04-02

「さっきの話ですけど、魔が差す、という言葉もそうなんですか?」
 そう質問してからペアになった札を捨てた。
「みたいだね。本来は魔心と呼ばれる悪い気が心の中に自然発生することだったんだけど、日ごろの本人からはあまりに考えられない事態ゆえに、原因や理由を外的要因に求める際に、魔というモノを憑き物として生み出した、という話だったよ。おっ」
 綾瀬さんがカードを出した。
「ちょっとー、難しい話しないでよー。もっと楽しい話しよー」
 裕子が口を尖らせて言った。
「ごめんごめん。ちょっと気になっちゃったものだから」
「お待たせしました。シャーリー・テンプルとブラック・アンド・タンです」
 黒川さんが飲み物を持ってきた。
「シャーリー・テンプルって、レモンジュースなんですね」
 グラスの縁にかかっているレモンの皮を使った飾りを見て私が言うと、
「ジンジャーエールを使用することもありますが、今回はレモネードにしてみました」
「このカクテル、なんかミルクコーヒーみたい」
 頼んだカクテルを眺めて裕子が言う。
「ミルクは入れていますが、コーヒーではないです。まあ飲んでみてください」
 勧められてカクテルを口に運ぶ。口に入った途端、彼女の目が丸くなった。
「はー、コーラなんですかー」
「そのとおりです。いかがですか?」
「ミルクが入っているんで、普通のコーラよりもスッゴク飲みやすいです!」
 そう言うと裕子はまた、ハァ~、と感心の溜息をついた。
「コーラをミルクで割っただけですのでご自宅でも簡単に作れますし、ミルクの量を調整することでその時の気分に合った喉越しを楽しむことができるカクテルです」
「へぇ~」
「では、東里さんと綾瀬さんが注文した飲み物を出さないといけないので、一旦失礼致します」
 そう言って、黒川さんはカウンターへ戻っていった。
「あ、あがりー」
 裕子は最後の札を出すと諸手を揚げた。気がつけば綾瀬さんの持ち札は残り二枚、私は一枚だ。綾瀬さんはいっぱいに腕を伸ばして、二枚の札を私の目の前に突きつける。緊張を感じたのでカクテルを一口、喉ではなく心を潤す。そして、ふうっ、と軽く息をつき、再び心が迷う前に素早く一方の札を取った!
 確認する。
「っしゃー!」
 私は叫んで、仲良く揃った二枚を場に出した。続いて綾瀬さんが、あーあ、と残った札を、ぽん、と場に出す。スペードのA。
「Aだったんだー」
 最初に伏せられていた札を確認する裕子。横からのぞくと、伏せられていたのはハートのAだった。
「♪~♪~♪~」
 東里さんが鼻唄でキャンディーズの『ハートのエースが出てこない』を奏でた。

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ep04-01

「あがり」
 赤のQのペアを出して東里さんは両手を広げた。
 強いですねー、という裕子の褒め言葉を、そんなことないわよ、と軽く流し、キス・オブ・ファイヤーという深紅のカクテルを口にする仕草が、アルコールで赤く染まった顔色と相まって、とても色っぽい。
「しかし、大丈夫なんでしょうか、あの人」
 そう言って綾瀬さんからカードを取る。はずれ。
「怪我自体は大したことはないだろうね。口や鼻からの出血も見られなかったし」
 私から裕子がカードを取る。黒の3のペアを出す。
「それよりも問題は、外出が危険ということで閉じ込められたことで生じる、各人のストレスがどのような影響を及ぼすか、だな」
 裕子から綾瀬さんがカードを取る。眉をちょっと顰める。
「そうねー、さっきの彼らの諍いも、それが原因のようだしねー」
 つまみのチーズを食べながら東里さんが言う。私の番。赤の9が揃ったので出す。
「こういう時、最も心配なのが悪魔のささやきですよね」
 グラスについた水滴を拭いていた黒川さんが、ポツリ、と呟いた。
「なんですか、それ?」
 黒のKを出した裕子が尋ねる。
「一般的に言うなら、邪な考え、ですね。人は今のような特殊な状況下に長く置かれると、精神的に弱くなったり不安定になったりして、普段とらないような言動をすることがある、という話を読んだことがありましてね。普段温厚な人が暴れたり、真面目な人が口汚い言葉を吐いたり、とまるで何かに憑かれたかのように豹変するんだそうですよ」
「ああ、聴いたことがある」
 黒の5を出した綾瀬さんが言う。
「昔は普通の人間が狂気に陥る原因を、憑き物が憑いたから、と考えていた、という話を大学の講座で聴いたな。通り魔事件、という言葉は聞いたことがあるだろう? この通り魔、別称で通り悪魔、通り風、トオリモノ、とも呼ばれるこれらは元々、人の心に憑いて乱心させる憑き物の総称だった、という話だったよ」
「じゃあここから出られるまで気をしっかり持っていないと、憑き物に憑かれてイケナイことをしちゃうかもしれないわねー」
 そう言うと、東里さんは残ったカクテルを飲み干した。
「次は雪国、お願いできます?」
「あれ? 日本語のカクテルなんてあるんですか?」
 興味津々、という顔で裕子が尋ねる。
「ええ、日本人が考案したカクテルもたくさんあるわよ。雪国はその名の通り、雪国の美しさを表現したカクテルね。とっても綺麗よ」
「へー」
 続いて綾瀬さんがホットコーヒーをブラックで、裕子がノンアルコールのブラック・アンド・タン、私は同じノンアルコールのシャーリー・テンプルをそれぞれオーダーした。

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03-03

 程なくスポーツ刈りが黒川さんを連れて戻ってきた。黒川さんが持っていた氷袋を女性に渡し、痛む所や欲しいものを訊いている。それから谷野さんが薬と水が入ったコップを持ってきて彼女に飲ませた。
「歩けますか? もうしばらくここで休みますか? それとも個室で横になりますか?」
 黒川さんが尋ねる。返事はここまで聞こえなかったが個室に移動する方を選んだらしく、スポーツ刈りが彼女を抱き抱え、そしてショートカットがそれに付き添う形で三人は食堂を出ていった。
 ふうっ、と綾瀬さんが溜息をつく。それだけで場の空気がいくらか和らいだ気がした。
「さて、これからどうする?」
 東里さんが腰に手を当て、私たちを見て尋ねた。食堂の時計を見ると十時を回っている。
「寝るにはまだ早いんですよねー」
「よし、じゃあこの空気を変えるために、少し遊ぼうか。黒川さん、トランプありましたら、持ってきてもらえませんか?」
 わかりました、と黒川さんは答えて食堂を出ていった。

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03-02

 それから綾瀬さんが用を足しに食堂を出ていった。
「あーあ、こうなるってわかってたら、リョーコたちと沖縄に行けばよかったなー」
 茶髪でセミロングの女性がそうぼやくと、
「なんだあ? スキーしようって言い出した俺が悪いってか?」
 茶髪の男が彼女に詰め寄った。後はお決まりの売り言葉に買い言葉。もう一人のショートカットの女性がセミロングの加勢にまわり、スポーツ刈りの男が、止めても無駄、という顔をしつつも両方の制止に努めることになった。
 それをぼんやりと眺めていると、東里さんが声をかけてきた。
「ねえ、黒川さんたちが遊び道具を持ってきたら、四人でやらない?」
「あ、いいですねえ。何をします?」
「何ができるの?」
「トランプにUNOはできますね。それから、あ、私も裕子も麻雀はできますよ」
「へえ。麻雀ができる女の子は珍しいわね」
「え、そうなんですか? まあ私たちも、高校のときに男友達から教えてもらったんですけどね。裕子はなかなか悪(ワル)でしてね、安いあがりを何度もすることで結果的に勝ちをもぎ取るってゆー」
「あ、ひどーい。それ、かよののことじゃないっ!」
「あ、聞こえてた?」
「聞こえるように話してたんでしょ」
「ま、そうなんだけどねー」
 えへへー、でごまかす。
「本当のことを言うと、裕子は変なところで運がいいんですよねー。東場の」
 親になった時、と続けようとした時、ゴツッ、という音とそれに続いて何か倒れる音が聞こえたのでその方向を見ると、茶髪の男が拳を突き出していて、セミロングの女性が倒れている。
 みんな何も言わない。ただ、男を見ている。
「……なんだよ」
 わが身に刺さる、殴られた顔を押さえた女性を除いた五人の視線に耐え切れなくなったのか、男が言葉を発した。だがそれは余計にその場の空気を気まずくしただけだった。男は短く唸ると扉に向かい、途中、扉の前で戻ってきた綾瀬さんにぶつかりそうになり、彼を睨みつけると食堂を出ていった。直後に仲間の二人が女性に駆け寄ったが、この場合どうしたらいいのかわからないようだ。
 その場にいなかった綾瀬さんに東里さんが何が起きたのかを話すと、綾瀬さんが彼らの傍に行き、
「リラックスできるようにそこのソファーに寝かせるからどっちか手伝ってくれ。彼女の着ている上着は脱がせて丸めて枕に使う。もう一人は黒川さんの所に行って氷袋を作ってもらうよう頼んで」と一息で言った。
 この助けを予期していなかったのか、二人は、ぽかん、とした顔で綾瀬さんを見る。早く、と綾瀬さんが発破をかけるとスポーツ刈りが慌てて食堂を出ていった。

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03-01

「皆様に急遽集まっていただき、申し訳ありません。実は先程、麓の役場よりレベル4の雪崩注意報が伝えられました。解説しますと、刺激を与えて雪崩を誘発させないように外出の自粛を促す、ということです」
「おいおい。だったら、逆に早くここを出ないといけないんじゃねえのか?」
 茶髪の男が言う。他の三人も同意する発言をした。
「いえ、いけません。レベル4の注意報が伝えられた、となると、表層雪崩が起きる可能性が高いのです。表層雪崩はとても繊細です。時間が経って固くなった雪面に現在のように新しい雪が積もることで、線香の上にある燃えたばかりの灰が落ちるように、ちょっとした振動で起きる可能性がある雪崩なのです。車の振動ですら雪崩を引き起こすきっかけになる可能性もあります」
「あのー」
 笹谷さんが、おずおず、と手を上げた。
「雪崩が起きたら、このペンションも潰される危険があるのではないでしょうか?」
「はい、そのとおりです。ですから当ペンションを建てる際、立地場所として雪崩が起きにくい所を慎重に選び、また行政と交渉して、防護柵や防護ネットを必要箇所に張ってもらいました。ただ、やはり交通の便を考えると、時にはどうしても雪崩に遭う危険性が高い地域に道を通す必要がありまして、今回のように雪崩が起きる危険性が高くなると、そこを通行止めにする必要が出てきます。ですから、雪崩の心配がなくなるまでは、ここにいていただくことになります。もちろん、延長した日数分の宿泊費等はいただきません。他にご質問がある方はいらっしゃいますか?」
 私たちも含めて客グループ内で話が始まる中、一人、食堂を出ていく人がいた。私はドアが閉まる音で初めてその人を意識して見たので、黒いセーター、痩せた体、ぼさぼさの髪の後ろ姿しかわからなかった。多分、あの人が唯一夕食時にいなかった人物なのだろう。
「ペンションに閉じ込められた宿泊客とスタッフ、か。かまいたちの夜を思い出すな」
 そう言ったのは綾瀬さんだ。何それ、と東里さんが尋ねる。私たちも二人の会話に耳を傾けた。
「子供のころプレイしたテレビゲームのタイトルだよ。吹雪に見まわれたペンション内で殺人予告状が発見されて、本当に殺人が起きる。プレイヤーは選択肢を選んで進めるんだけど、選択によってはすぐに事件が解決することもあるし、連続殺人になって最終的に自分の恋人が犯人だった、っていう結末になることもある。今で言うマルチエンディングゲームだね」
「ふーん」
「何か起きることを期待しているわけじゃないけど、二時間ドラマのように都合良く何か起きても、作り物と違って固定電話も携帯電話も使えるし、何か起きたら警察の指示を仰いでそれに従ってそれで終わり、さ」
「まあ、そうねー」
「それにしてもさー、せっかくスキーしに来たのに外に出られないんじゃ、何すりゃいいのさー」
 頬杖をついて、裕子がぼやく。
「それもそうね――」
 室内用の遊び道具がないか、黒川さんに訊いてみた。
「まあ、定番のトランプにUNOがあることは覚えていますけれど、それ以上は倉庫を見てみないことには。谷野さん、香葉村さん、一緒に来てくれませんか? 香葉村さんは私と倉庫の整理を、谷野さんは遊び道具のリスト作りをお願いします。皆さん、我々はしばらく席を外しますので、ここで談話するなり部屋に戻るなり、ご自由に行動してくださって結構です。ただ遊び道具を借りたい方は、ここでしばらくお待ちください」
 私たちにそう伝えると、黒川さんたちは食堂を出ていった。次に、私も失礼します、と笹谷さんが出ていった。

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02-03

 ガタガタガタガタッ、と全ての窓が大きく揺れた。今まで気付かなかったが、窓の外は猛吹雪となっている。
「いやいやいやいや――、ひどい天気だ」
 黒川さんが呟く。
「あ、ナウシカだ」
 次の曲が流れ始めると、裕子がすぐに反応した。
「ホント。久石さんの音楽って、どれも素晴らしいわよね」
 そう言うと、東里さんは目を閉じた。綾瀬さんが人差し指を口に当てるのを見て、私たちも会話をしばし止める。
 ……。…………。……………………。
 ……ああ。曲を集中して聴いていると、何も気にならなくなってき
 ドアが開く音。曲に集中していた全員が、それを台無しにした人間を見やった。上下真っ白の服。髪は長すぎず短すぎず、現在では珍しい黒縁眼鏡をかけている。香葉村さんだ。
「あ、お邪魔でした、か……?」
「いや、どうしたの?」
「黒川さん、ちょっと」
 二人は奥へ引っ込んだ。会話はすぐに終わったらしく、すぐに黒川さんが出てきたが、その表情は今さっきと違って真顔だった。
「すいません、皆さん。ちょっとテーブルに移ってもらえますか。全てのお客様に伝えるべき事項が出ましたので」
 固くなった周りの空気を和らげるかのように、ジムノペディが流れ始めた。

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02-02

「お待たせしました。アップル・フレーズルです。アップル・ジュースをベースにシュガー・シロップ、レモン・ジュースを加えてシェイクして、最後にソーダを注ぎました」
 見た目は普通のアップル・ジュースだ。ノンアルコールとはいえ初めてのカクテルだったので、恐る恐る一口飲む。
「……!!」
 甘いだけのアップル・ジュースにレモン・ジュースの酸味が加えられたことで林檎本来の甘酸っぱさが、更に炭酸が加えられたことで爽やかさが増している。
「おいしい、すごくおいしいです――!!」
 掛け値なし、心の底から、おいしい、という感情を込めて言った。黒川さんはニッコリと微笑んで、それはようございました、と言った。
「次は、プッシー・キャットです。オレンジ・ジュース、パイナップル・ジュース、グレープフルーツ・ジュース、グレナデン・シロップを併せてシェイクしたものです」
 いただきまーす、と裕子が、ぐいっ、とグラスを傾けた。
「ンーー!!」
 目を丸くする裕子。飲んだ時の私もこんな顔をしていたのだろう。二口目からは、なくなるのを惜しむかのように、ちびり、ちびり、と飲み進めた。
「お待たせしました、ゴッドマザーです」
 薄い琥珀色で満たされたグラスが綾瀬さんの前に置かれた。グラスを口に運ぶ動作にぎこちなさがない。飲み慣れているのだろう。
「黒川さーん、ゴッドマザーがあるってことは、ゴッドファーザーっていうカクテルもあるんですかー?」
 裕子の問いに、透明な液体と小さな果実が入った逆三角形の小さなグラスを東里さんの前に置いた黒川さんが、ええ、と答えた。
「ゴッドマザーのベースはウォッカですが、ウィスキーをベースにするとゴッドファーザーというカクテルに、ブランデーをベースにするとフレンチ・コネクションというカクテルになります。ちなみに今の二つのカクテルの名称は、どちらも映画のタイトルからとったものですね」
「へー、色んな種類があるんですねー」
「まったくその通りで。有名無名を含めて少なくとも300以上、混ぜる材料、量、方法にも基本的に制約はありませんから、今現在でも新しいカクテル・レシピが生まれ続けていますよ」
「黒川さんオリジナルのカクテルもあるんですかー?」
裕子が訊くと黒川さんは苦笑して、
「いやあ、私は――」

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02-01

 夕食後。大半の客は部屋を出たが、私と裕子、綾瀬さんと東里さんはカウンターに移動した。茶髪の男性は、綾瀬さんがカウンターに移ったのをみると、私たちに聞こえるくらい大きい舌打ちをして出ていった。
 黒川さんがリモコンを操作すると、ジャズが流れてきた。深みのある渋い声だ。
「これ、映画で聴いたなー。あの、女子高生がジャズを演奏するやつ」
 裕子が思い出せないでいると、綾瀬さんが、
「俺は戦争映画を観ていたときに聴いた事があるな」と言うと、黒川さんが、
「飾磨さんが仰ったのは『スウィング・ガールズ』で、綾瀬さんが仰ったのは『グッドモーニング・ベトナム』ですね。この曲はルイ・アームストロングの『ワッツ・ア・ワンダフル・ワールド』です」と解説してくれた。
「黒川さんって、映画に詳しいんですか?」
 東里さんが尋ねると黒川さんは、
「詳しいわけではないですが、まあ好きですから沢山の数は観ていますね」と答えた。
「さて、何をお飲みになりますか?」
 黒川さんが私たちに尋ねた。私が、
「あの、私たち未成年なんですけど、ノンアルコールのカクテルを飲ませてくれると聞いたので」
「あ、そうですか。では飲み物を挙げていきますので選んでください。その飲み物をベースにしたカクテルを作らせていただきます。えーと、アップル、オレンジ、トマトジュース、コーラでしたら、すぐにご用意できます」
 私はアップルジュース、裕子はオレンジジュースを選ぶ。綾瀬さんはゴッドマザーを、東里さんはマティーニというカクテルを注文した。
 黒川さんがカクテルを作っている間に次の曲が始まった。すごく綺麗な女性の歌声だ。
「あ、これは知ってる。『Follow Me』だ」
 綾瀬さんがそう言うと、東里さんが、
「私は知らないなー、誰が歌っているの?」と尋ねた。
「誰かは知らないけど、何年か前に観た映画の主題歌だよ。『イノセンス』っていう映画。その時は一人で観たから――」

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ep01-04

 食堂に入るとまず目に入ったのが、クロスがかけられた、木目調が素晴らしい長テーブルだった。誰もいないところを見ると、私たちが最初のようだ。左に目をやるとそこには後ろに酒瓶が並んだカウンターとマルチプレーヤーがあり、プレーヤーからは定時のニュースが流れていた。今夜からこの一帯が吹雪くことを伝えており、確かに外では雪が舞っていた。
「あちゃー、こりゃ明日のスキーは無理っぽいかなー?」
「えー、部屋に閉じこもって何すればいいのよー」
 適当な席に座ると、笹谷さんが入ってきた。私たちを見るとぺこりと頭を下げると、私たちからは離れた席に座った。まだ引きずっているようだ。
「ケータイでゲームできるけどパケット代がなー。普段使わないから……」
 次に入ってきたのはいかにも、スキーをしにここまできました、という風体の男二人、女二人の四人組だ。髪を染めたりピアスをしたりしているが、個性をだそうとして結局ステレオタイプに落ち着いた感がある。わいわいとおしゃべりしながら席に着き、わいわいとたわいのない話をしている。
「かよのー、聞いてるー?」
 次はそれぞれ見た目二十代のカップルだ。全身からたくさんのハートマークを振りまいている。あー暑苦し
「かよのっ!」
「えっええっ、ななな、何?」
「もー、何ボーッとしてんのよ」
「ごめんごめん。なんの話だっけ」
「スキーができなかったら何をしようかっていう話だよ」
 私が考えていると、奥から黒川さんと初めて見る男女が料理を運んできた。玉葱を煮込んだコンソメスープ、温野菜と鶏肉たっぷりのシチュー、ふわっとした黒パン。シンプルでいながら栄養豊富なメニューだ。
「お代わりはありますし、油が気になる方には烏龍茶もご用意いたします。これは食事の合間に飲むことをお勧めいたします。アルコール類は赤と白のワインも用意しています」
「すいませーん、カウンターには座っちゃいけないんですかー?」
 四人組の一人、茶髪の男性が訊いた。
「こちらは夕食後に利用可能になりますので、ご利用されたい方は夕食を少なめに。ご希望のカクテルと肴をご用意しますよ」
「あの、すいません」
 今度は笹谷さんだ。
「一人、来ていないみたいなんですけど」
 確かに彼女の隣には一人分の食器があり、その席には誰もいない。黒川さんがテーブルに座っている私たちの顔を見て、誰が来ていないか確認する。
「えーと、賀宮(かみや)さんか。谷野(やの)さん、ちょっと様子を見てきてもらえないか。では、皆さんはこのまま食事を始めてください」
 カチャカチャ、と食器どうしがあたる音が響きだした。
「うっわー、おいしー」
裕子が歓声を上げる。
「本当だ、おいしいねー」
「この黒パンも甘くておいしー! もうコンビニのパンなんか食べられないよー」
「ここの黒パンはね、そこで給仕している香葉村(かわむら)さんがここで生地を練って焼いてくれるから、とてもおいしいのよ」
 向かいに座ったカップルの女性が、四人組の一人に赤ワインを注いでいる男性を指差して教えてくれた。
「へー、そうなんですかー。えーと……」
「東里(とうさと)。東里霧子(きりこ)。よろしくね」
「私、飾磨裕子です。こっちは友達の齊木かよの。スキーをしに来ました」
「あら、そうなの。大学生?」
「はい、一年生です」
「大学生活はできるだけ楽しんでおいたほうがいいわよ。後半になってから後悔しても後の祭りなんだから」
「おいおい、人生の後輩を不安がらせるようなことを言うなよ。あ、俺は綾瀬(あやせ)類(たぐい)だ。よろしく」
 そう言うと綾瀬氏は手を出してきた。
「はじめまして」
「はじめまして」
 とりあえず握手を返したけれども、彼女がいる前で初対面の女性に握手を求めるなよ。
「ところで、食事を始める前に黒川さんが言ったこと、覚えてる?」
「え~と……」
 裕子が思い出せないようなので、代わりに私が答える。
「確か、ご希望のカクテルと肴をご用意しますって言ってましたね。でも私たち、まだ未成年なので」
「ところが、黒川さんは未成年の客やお酒がダメな客向けに、ノンアルコールのカクテルを出してくれるんだよ」
「へー!」
 裕子が頓狂な喚声を上げた。恥ずかしいなあ、もう。
「だから」
「きゃははははっ!」
「だぁははははっ!」
「ははははははっ!」
「はっはーはー!」
 四人組がそれぞれに品のない笑い声を発したのだ。
 目を戻すと、綾瀬さんはしかめっ面をして四人組を見ている。そして、
「多少の下品には目を瞑ることはできるけど、あそこまで品がないのは、どうも我慢できない」と言った。
「まあいいじゃない。彼らも若いのよ」
 東里さんが綾瀬さんをたしなめる。
「ありゃあ、精神が幼いって言うべきだよ。食事中にあんな大声で笑うなんて、子供だよ、子供。だいたい――」
「おい」
 声がした方を見ると、四人組の一人が不快な顔をして綾瀬さんを睨みつけている。どうも、綾瀬さんの声が聞こえて、そしてそれが気に入らなかったようだ。
「俺たちが餓鬼ってのは、どういうことだよ?」
「そのままの意味だけど?」
「んだと、テメェ――」
 綾瀬さんの言葉を挑発と取ったのか、男が近寄ってきた。綾瀬さんも席を立つ。受けて立つ気か。
「ちょっと、戻ってきなよー」
「そんな小父さんに手を出してどうすんのさー」
 他の仲間が声をかけるが、本気で心配している様子ではない。むしろこの状況を面白がっているようだ。
 男が綾瀬さんの襟を掴もうとした瞬間。
「いでででででででででっ!」
 綾瀬さんが男が出した腕を先に左手で掴むと、空いた右手で親指を思い切り捻ったのだ。
「は、放せっ、テメェ!」
「相手に挑むときは、まず相手の力量を見極めてからにするんだな。特に初対面の相手には」
 そう言って、綾瀬さんは両手を放した。男は掴まれた部分をさすりながら席に戻る。
「すっごーい! 綾瀬さんって格闘技でもしてるんですかあ?」
 裕子が目をキラキラさせて訊いた。
「いや、簡単な護身法を少しかじった程度だよ。明らかな戦力差がある相手からは即逃げるさ」
 これ以降は特に大きなこともなく、静かに食事は進んでいった。

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ep01-02

「じゃあさ、私が車を停めるから、先にチェックインしちゃってよ」
「りょうかーい」
 車から降りてトランクから自分の荷物を取り出すと、玄関に向かった。
 片開きのドアを開けると、キンコン、キンコン、と電子音が鳴り始めた。
 へー、と感心していると、フロント奥のドアからオーナーらしき人が出てきた。太り気味の体とにこにことした笑顔が似合うその顔は即、恵比寿様を連想させた。
「いやいやいやいや。ようこそいらっしゃいました。私、オーナーの黒川(くろかわ)と申します。ではさっそく記帳をお願いしても?」
「はい、わかりました。ところで、ペンションの名前の」
「BR、は何の略か、でしょう? よく訊かれるんですが、まあ、深い意味はないんですよ。私の名前は黒川。英語にするとブラック・リバー。そこから頭を取って、B・Rと。それだけなんですよねえ。いやいやいやいや」
「ああ、はあ」
確かに深い意味はない。むしろそのまんまだった。
「他にも、誰か泊まっているんですか?」
「ええ。常連さんからお初の方まで、様々です。今は、ほとんどの人がスキーをしに外出してますよ」
「ほとんどの?」
 スキーをするのに好都合な晴天なのに、しない人が雪山に来るのだろうか。
「いやいやいやいや。常連さんの中にはね、都会を離れてこういうところでのんびりするために来るという方もいるんですよ」
「あ、そういうことですか」
「そういうことです。齊木(さいき)かよの様と、飾磨(しかま)裕子様、ですね。二階の、二〇三号室と二〇四号室です」
 ルームキーを受け取ると、やっと裕子が入ってきた。
「ゴメ~ン。遅くなって~」
「まだバック苦手なの?」
「だって感覚が全然違うんだも~ん」
 話をしながら階段を上がる。
「どっちの部屋がいい?」
「どっちでも」
「じゃ、私が二〇三ね」
 階段を上がりきったところで、私たちは、わぁっ、と声を上げた。
 各々の窓と窓の間に小さな台が置かれ、その上に椿を生けた花瓶が置かれていたのだ。そんな素敵な演出が施された二階の廊下を進み、まず私の二〇三号室にまできた。するとうしろ、つまり隣の二〇二号室のドアを開ける音がした。反射的に振り返ると、私は思わず息を呑んだ。
 すぐにドアは閉まったが、包帯でぐるぐる巻きの頭、サングラス、風邪マスクと、いかにも怪しいと思わせる顔が目に焼きついて消えなかった。
「…………見た?」
 ゆっくりと裕子の方に顔を向けて訊く。
「見た」
 裕子も即答する。
「何アレ!」
「気持ちワル!」
「私、部屋変えてもらう!」
「待って、置いていかないで!」
 そういうことで、私たちは黒川さんの所へ行ったのだが。
「えーと、二〇二号室は、と……。ああ、笹谷(ささたに)さんか。いやいやいやいや、心配しなくて大丈夫ですよ。常連の一人でね、舞台の脚本を書いてる、とかなんとか。最初の頃は、私もいぶかしんだんですがね。なんでも、自分には想像力がないから、できることはなんでも自分で試したり、見聞きしたりして脚本の参考にするんですって。まあ、脚本の参考にという理由で突飛なことは時々やらかしますがね、そこ以外はいたって常識人ですし、人畜無害ですよ。いやいやいやいや、大丈夫ですって。なんなら、一緒に行きましょうか?」
 そうして黒川さんと共に二階に上がると、二〇二号室の前にショートカットに眼鏡をかけた女性がいた。見た目二十代、普通よりちょっと上の美人さんだ。
「ごめんなさい、驚かせちゃって!」
 開口一番、彼女は謝罪の言葉を口にした。ということは、さっきの怪人物はやはりこの人なのだろう。
「頭に包帯を巻いた怪人物を目にした人の想像がうまくできなくって、鏡に向かって見たけど、それでも納得がいかなくって、それで、つい……」
「笹谷さん、あまり見ず知らずの人に迷惑をかけちゃいけませんよ。常連だけが来る宿ってわけじゃないんですから。齊木さんはどうします? どうしてもっていうなら、別室を用意しますが」
「あ、いえ。二〇三号室でいいです……」
 ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝る彼女に、悪い人じゃないな、という印象を抱いて、もういいですから、と言って彼女の謝罪を止める。
「ああ、言い忘れていました。食事ですが、夜は十九時、朝は七時、昼は十三時、の集合制となっています。ただ昼食のみ、スキー場で食べられるお客様もいらっしゃるので、朝食時にここか外かお尋ねします」
 わかりました、と答えて、私たちはそれぞれの部屋に入った。
 部屋は一般的な洋室だった。カーテンが閉まった大き目の窓、皺のないベッド、荷物や上着を入れられるタンス、ユニットバス、壁には絵が飾ってあり、ご丁寧に『M.C.エッシャー:翼のあるライオン』と題名が書かれた札が額に付けられていた。翼が生えた黄色と黒のライオン(なのだろうが私には猫にしか見えない)が隙間なく対称的に描かれている。その見事さにしばし見入っていると。
 ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン!
「かよのー、かよのー!」
裕子だ。何か忘れ物でもして、借りにでもきたのか。
「はいはい」
 ドアを開けると、裕子が、ひし、と抱きついてきた。
「……何」
「お札、お札、お札、お札!」
「ちょっと、落ち着いて話してよ。水を持ってくるから」
 注いできたコップの水を半分ほど飲むと、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ほら、よく怪談とかにあるでしょ? ヤバイ部屋にはお札が貼ってあるって。まさかね、と思ってたんだけど確かめずにいられなくなって、試しにかかってる絵をはずしてみたら」
「あった、ということ?」
 激しく頭を上下に振る裕子。
「やだー、あんな部屋いたくないー!」
「……しょうがないわねー」
 しかたがないので、また黒川さんの所へ行くことにした。
「ああ、あれね。いやいやいやいや、人が死んだとか変なことが起きるとか、そういう部屋じゃないんですよ。というか、あのお札は私の部屋も含め、全部の部屋に貼ってあるんです」
「どういうことです?」
「要は、あれは霊除けのお札じゃないんですよ。盗賊侵さず万事意に叶う、という願を込めたお札なんです。いやあ、最初は隠していなかったんですが、お札を見て気味悪がるお客様が宿泊をキャンセルするということが相次ぎましてね、絵を飾って隠すことにしたんですよ。いやいやいやいや。ですからね、何も変なことも事件もないですから、心配しなくて大丈夫ですよ」
 私たちは顔を見合わせ、ため息をつくと、部屋へ戻ることにした。
 部屋に入ると私はベッドに倒れこんだ。仰向けになって目を閉じて何も考えずに、ぼうっ、としているうちに、また眠ってしまったらしい。ブッ、というマイクに電源が入る独特の音で目が覚めた。
「もうすぐ夕食の時間になります。食堂へお集まりください」
 枕元で黒川さんの声が流れる。どうやらベッドにスピーカーが内蔵されているようだ。
 起き上がるとノックの音が。
「かよのー、行くよー」
 ドア越しに聞こえる裕子の声に、はーい、と軽く返事すると、鏡の前で軽く身支度を整えると廊下に出た。

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