旅人:
この青々としげる木の上に堂々とすわっておられるご婦人、あなたはいったいどなたです? 頭には王冠のように塔をいただき、膝に全世界を描いた球をのせておられるあなたは?
オピニオン:
わたくしは<世論(オピニオン)>です。わたくしが世界を支配すれば、すべてが揺らぎます。頭にのせた塔は<バベル>で、木をはげしく揺すり座も安定しないわたくしの混乱ぶりをあらわしています。
旅人:
あなたの左手につかまっているカメレオンは、どういうわけですか? 白以外のどんな色にも変わる動物だといいますが。
オピニオン:
世論はこうしてどんな色にも変わり、真実以外のどのようなものにも変身できるのです。
旅人:
ところで、ご婦人、ほんのわずかな風にも心もとなく揺れる、木の上の果実は何なのですか? まるで本と紙束のように見えますね。それにあなたが自ら目隠しをなさっているのも奇妙です。
オピニオン:
いいえ、目隠ししているのは、わたくしが自分の偏見と横柄な誇りとを通じて以外には物事をはっきり判断することができないからです。ここに実っている果実は、どこの街角のどこの露店にも売られている中身のない本や文書です。
旅人:
世論はそれをなおせないのですか?
オピニオン:
ああ、わたくしはおろかな俗人の群れに呑みこまれて死に果てるでしょう。俗人たちはおそれも恥じらいもなく、あらゆるものを勝手に、それもまちがった方向に解釈するのですから。
旅人:
しかし、ご婦人、この果実はもともとどこから生じたのです? なぜ叡智がこんなものを育ててしまったのです。それから木の根もとで愚者(道化)が水をやっていますが、これはどうしたわけです?
オピニオン:
愚考がこれらに生命を与えるからです。わたくしはただ、この空ろな果実を小売りしているにすぎません。そしていまに、うわさといううわさが各自好き勝手に話の花を咲かせ、どこの市場にも呪うべき果実を山盛りにします。
旅人:
それで、たった一本の世論の木から、どうしてこんなにもたわわな実りが生じるのですか?
オピニオン:
ひとつの世論は増殖し、ついには無限にまで殖えてはびこるからです。
旅人:
さようなら、ご婦人、また会うときまで。
オピニオン:
いいえ、それにはおよびません。世論はいずれ、どの家にもどの街角にもはびこり、ますますその勢いをつのらせるのですから。
引用した上記の文章は、著者が集めている寓意図コレクションの一つで、17世紀後半、イギリスで刊行された、「世論」をテーマとした風刺図に添えられていたテキストである。
先人が遺した言葉にもあるが、「世論」は基本、民衆の最多数意見ではあるが、声が大きい人・集団や、主語がデカイ人・集団にコントロールされやすい一面もある。また、最多数であるという根拠が薄いにも係わらず、それが「最多数意見」であるかの如く主張する人・集団もいる。オリジナルの情報を、彼らは「自分の偏見と横柄な誇り」により都合のいいように解釈し、解説し、場合によっては改変する。場合によっては、世論を「民意」に置き換えてもいい。
公のメディアから個人まで、彼らが発信している「世論」が本当に正しいのか、それとも誤っているのか。受信者には判断が難しい。だが受信者は、その「世論」を疑う、または批判することができる。
発信された世論を「民衆の最多数意見」だからといって無批判に受け入れてしまうことは、「自分は愚者である」ということを肯定することに等しい。
発信された世論を「民衆の最多数意見」だからといって、その世論を疑ったり批判したりした者を村八分に類する扱いをするのは、言論の自由に反する行いである。
発表された世論に同調している人々が、「賢者」なのか「愚者」なのか。それについて論理的に考え、発表することも、言論の自由である。
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