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適当徒然

適当に徒然なことを記事にします。

掌編 「当たり屋」

 久しぶりに創作してみました。続きからどうぞ。↓



「うおっと!」
 声が聞こえた方を向くと、中年の男性と若い女性の姿が目に入った。男性が手で鞄を払っていて、その間に女性が落ちた煙草を拾った。どうも、歩き煙草をしていた女性と移動中の男性が接触したらしい。
 すいませんすいません、と謝罪する女性に対して男性は、
「いいですよいいですよ。でも本当に気をつけてくださいね、歩き煙草は」
 軽い笑みを浮かべながらそう言うと、さっさと歩いて去っていった。
 女性の方は軽くため息をついた後に、煙草を手にしたまま別の方向へ去っていった。携帯用の灰皿は持っていないようだった。

 ……実は、私は知っている。あの事故が偶然ではなく、男性の方から意識してぶつかっていったことで起きた、という事実を。
 私が心中で「当たり屋」と呼んでいるその男性を見かけたのは、これが初めてではなかった。決まった時間帯で見かけるその男性は、歩き煙草をしている人を見つけると、自分から近寄ってわざと被害者を装う、という行為を繰り返してるのだ。
 ただ、先ほどのように注意をしたり、火が触れて熱いという身振りを大げさにしたりする、といった行為のみで、相手に因縁をつけるという風ではなく、暗に相手の歩き煙草を注意することが目的のようだった。
 馬耳東風という言葉がある。道理的に正しい意見も、相手が意識しなければ通じない、というものだ。
 きっとあの男性も、ただ注意するだけでは意味がない、ということを理解していて、だからわざと被害者を演じることで、歩き煙草を注意しているのだろう。

 それが、相手にとってはのどもと過ぎれば熱さを忘れるような、全く無意味な行為である、ということを理解したうえで。
 それが、道義的には正しい行為ではない、ということを理解したうえで。

 きっと、あの男性は今後も同じことを繰り返すのだろう。

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テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

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