niwakaの“あくまで個人の感想です。”

その名の通り熱しやすく冷めやすい"niwaka"が、徒然なるままに色々なことを書き散らします。

ep01-02

「じゃあさ、私が車を停めるから、先にチェックインしちゃってよ」
「りょうかーい」
 車から降りてトランクから自分の荷物を取り出すと、玄関に向かった。
 片開きのドアを開けると、キンコン、キンコン、と電子音が鳴り始めた。
 へー、と感心していると、フロント奥のドアからオーナーらしき人が出てきた。太り気味の体とにこにことした笑顔が似合うその顔は即、恵比寿様を連想させた。
「いやいやいやいや。ようこそいらっしゃいました。私、オーナーの黒川(くろかわ)と申します。ではさっそく記帳をお願いしても?」
「はい、わかりました。ところで、ペンションの名前の」
「BR、は何の略か、でしょう? よく訊かれるんですが、まあ、深い意味はないんですよ。私の名前は黒川。英語にするとブラック・リバー。そこから頭を取って、B・Rと。それだけなんですよねえ。いやいやいやいや」
「ああ、はあ」
確かに深い意味はない。むしろそのまんまだった。
「他にも、誰か泊まっているんですか?」
「ええ。常連さんからお初の方まで、様々です。今は、ほとんどの人がスキーをしに外出してますよ」
「ほとんどの?」
 スキーをするのに好都合な晴天なのに、しない人が雪山に来るのだろうか。
「いやいやいやいや。常連さんの中にはね、都会を離れてこういうところでのんびりするために来るという方もいるんですよ」
「あ、そういうことですか」
「そういうことです。齊木(さいき)かよの様と、飾磨(しかま)裕子様、ですね。二階の、二〇三号室と二〇四号室です」
 ルームキーを受け取ると、やっと裕子が入ってきた。
「ゴメ~ン。遅くなって~」
「まだバック苦手なの?」
「だって感覚が全然違うんだも~ん」
 話をしながら階段を上がる。
「どっちの部屋がいい?」
「どっちでも」
「じゃ、私が二〇三ね」
 階段を上がりきったところで、私たちは、わぁっ、と声を上げた。
 各々の窓と窓の間に小さな台が置かれ、その上に椿を生けた花瓶が置かれていたのだ。そんな素敵な演出が施された二階の廊下を進み、まず私の二〇三号室にまできた。するとうしろ、つまり隣の二〇二号室のドアを開ける音がした。反射的に振り返ると、私は思わず息を呑んだ。
 すぐにドアは閉まったが、包帯でぐるぐる巻きの頭、サングラス、風邪マスクと、いかにも怪しいと思わせる顔が目に焼きついて消えなかった。
「…………見た?」
 ゆっくりと裕子の方に顔を向けて訊く。
「見た」
 裕子も即答する。
「何アレ!」
「気持ちワル!」
「私、部屋変えてもらう!」
「待って、置いていかないで!」
 そういうことで、私たちは黒川さんの所へ行ったのだが。
「えーと、二〇二号室は、と……。ああ、笹谷(ささたに)さんか。いやいやいやいや、心配しなくて大丈夫ですよ。常連の一人でね、舞台の脚本を書いてる、とかなんとか。最初の頃は、私もいぶかしんだんですがね。なんでも、自分には想像力がないから、できることはなんでも自分で試したり、見聞きしたりして脚本の参考にするんですって。まあ、脚本の参考にという理由で突飛なことは時々やらかしますがね、そこ以外はいたって常識人ですし、人畜無害ですよ。いやいやいやいや、大丈夫ですって。なんなら、一緒に行きましょうか?」
 そうして黒川さんと共に二階に上がると、二〇二号室の前にショートカットに眼鏡をかけた女性がいた。見た目二十代、普通よりちょっと上の美人さんだ。
「ごめんなさい、驚かせちゃって!」
 開口一番、彼女は謝罪の言葉を口にした。ということは、さっきの怪人物はやはりこの人なのだろう。
「頭に包帯を巻いた怪人物を目にした人の想像がうまくできなくって、鏡に向かって見たけど、それでも納得がいかなくって、それで、つい……」
「笹谷さん、あまり見ず知らずの人に迷惑をかけちゃいけませんよ。常連だけが来る宿ってわけじゃないんですから。齊木さんはどうします? どうしてもっていうなら、別室を用意しますが」
「あ、いえ。二〇三号室でいいです……」
 ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝る彼女に、悪い人じゃないな、という印象を抱いて、もういいですから、と言って彼女の謝罪を止める。
「ああ、言い忘れていました。食事ですが、夜は十九時、朝は七時、昼は十三時、の集合制となっています。ただ昼食のみ、スキー場で食べられるお客様もいらっしゃるので、朝食時にここか外かお尋ねします」
 わかりました、と答えて、私たちはそれぞれの部屋に入った。
 部屋は一般的な洋室だった。カーテンが閉まった大き目の窓、皺のないベッド、荷物や上着を入れられるタンス、ユニットバス、壁には絵が飾ってあり、ご丁寧に『M.C.エッシャー:翼のあるライオン』と題名が書かれた札が額に付けられていた。翼が生えた黄色と黒のライオン(なのだろうが私には猫にしか見えない)が隙間なく対称的に描かれている。その見事さにしばし見入っていると。
 ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン!
「かよのー、かよのー!」
裕子だ。何か忘れ物でもして、借りにでもきたのか。
「はいはい」
 ドアを開けると、裕子が、ひし、と抱きついてきた。
「……何」
「お札、お札、お札、お札!」
「ちょっと、落ち着いて話してよ。水を持ってくるから」
 注いできたコップの水を半分ほど飲むと、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「ほら、よく怪談とかにあるでしょ? ヤバイ部屋にはお札が貼ってあるって。まさかね、と思ってたんだけど確かめずにいられなくなって、試しにかかってる絵をはずしてみたら」
「あった、ということ?」
 激しく頭を上下に振る裕子。
「やだー、あんな部屋いたくないー!」
「……しょうがないわねー」
 しかたがないので、また黒川さんの所へ行くことにした。
「ああ、あれね。いやいやいやいや、人が死んだとか変なことが起きるとか、そういう部屋じゃないんですよ。というか、あのお札は私の部屋も含め、全部の部屋に貼ってあるんです」
「どういうことです?」
「要は、あれは霊除けのお札じゃないんですよ。盗賊侵さず万事意に叶う、という願を込めたお札なんです。いやあ、最初は隠していなかったんですが、お札を見て気味悪がるお客様が宿泊をキャンセルするということが相次ぎましてね、絵を飾って隠すことにしたんですよ。いやいやいやいや。ですからね、何も変なことも事件もないですから、心配しなくて大丈夫ですよ」
 私たちは顔を見合わせ、ため息をつくと、部屋へ戻ることにした。
 部屋に入ると私はベッドに倒れこんだ。仰向けになって目を閉じて何も考えずに、ぼうっ、としているうちに、また眠ってしまったらしい。ブッ、というマイクに電源が入る独特の音で目が覚めた。
「もうすぐ夕食の時間になります。食堂へお集まりください」
 枕元で黒川さんの声が流れる。どうやらベッドにスピーカーが内蔵されているようだ。
 起き上がるとノックの音が。
「かよのー、行くよー」
 ドア越しに聞こえる裕子の声に、はーい、と軽く返事すると、鏡の前で軽く身支度を整えると廊下に出た。
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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