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風月文語の適当徒然

風月文語(ふうげつ ぶんご)です。適当に徒然なことを記事にします。

ep06-02

「ねー」ぱちり。ぱちり。
 裕子が声をかけてきた。
「んー?」ぱちり。ぱちり。
「なかなか消えないよ。厭な気持ち」ぱちり。ぱちり。ぱちり。
「…………」ぱちり。ぱちり。
 私たちは今、食堂で裕子が借りてきたオセロをしている。正直、広い食堂にいるよりも部屋に戻りたいのだが、まだ死体がある部屋を横切りたくない、という気持ちの方が強い。同様の気持ちなのか、笹谷さん、東里さん、綾瀬さんもいる。笹谷さんはソファーの上で体全体を丸めていて、回復したらしい東里さんと綾瀬さんは何やら話し合っていた。
「はあ……。早く帰りたい」ぱちり。ぱちり。ぱちり。
「そうだね」ぱちり。ぱちり。
 ぱちり。ぱちり。
 ぱちり。ぱちり。
 無言で打ち続ける。白と黒の陣取り合戦。裕子の言葉に影響されたのか、盤上を黒が占める割合が増すたびに厭な気分も増していく。

 黒が私なのだが。

 私が次の一手を思案していると、廊下を駆ける音がこちらに近づいてくる。入ってきたのはショートカットの女性だ。
「助けてください! 亘(わたる)と克夫(かつお)――連れが喧嘩を始めちゃって!」
 谷野さんが黒川さんを呼びに行き、笹谷さんを除いた私たちはその場に向かった。
 争う音がしている104号室に入ると、男二人が互いを掴み合い、相手を壁や家具や床に叩きつけている。止めたいが、こちらの男手は綾瀬さんのみ。黒川さんたちが来るのを待つしかないか、と私が考えていると、突如備え付けのスピーカーから大音量で弦楽器の演奏が流れ始めた。胸を掻き毟るような、聴く者の不安を煽るような、胸中を不快感で満たしていく、気持ち悪い演奏だ。リラクシングの対極にある、弦楽器による音響攻撃。音が体中に突き刺さる感覚。部屋にいる全員がこの暴力に耐えかねて、次々と耳を押さえて部屋を飛び出していった。
 その場にいた全員が廊下に出たのを確認した黒川さんが言った。
「アメリカの作曲家ジョージ・クラムが作曲した『ブラック・エンジェルズ』という弦楽四重奏曲です。無駄な力を使わず、且つ素早く争いを止めるにはそれを上回る【何か】が必要と思いまして、迷惑を承知で流しました。申し訳ありません」
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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