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適当徒然

適当に徒然なことを記事にします。

ep05-05

「いやいやいやいや――」
 黒川さんと香葉村さんが食堂に入ってきた。突然の出来事に混乱気味なのか、黒川さんはしきりに、最悪だ、最悪だ、と呟いている。そして谷野さんと合流すると、三人は奥へ引っ込んでいった。今後のことを話し合うつもりなのだろう。
「ちょっといいかい?」
 綾瀬さんが私たちのところに来た。
「気分はどう? もう大丈夫かな?」
「ええ……。綾瀬さんは、東里さんについていなくていいんですか?」
「ああ、彼女は、ね……」
 カウンターを見ると、東里さんはさっきと変わらずカウンターの上で軟体動物と化している。
「酒と人間とは絶えず闘い合い、絶えず和解している仲のよいふたりの闘士のような感じがする。負けたほうがつねに勝ったほうを抱擁する。――フランスの詩人、ボードレールの言葉だ。今のアイツは、ディオニュソスと浮気しているようなもんさ」
「でおにそす?」
 裕子が舌足らずに発音する。
「ディオニュソス。厳密には葡萄酒と陶酔を司る神なんだけど、まあ広い意味でお酒の神様だね。古代ギリシアで行われていた、この神の名を冠した祭はとても凄まじかったらしくてね、こんな悲劇話が残っている。――女性信者のみが参加できるこの秘祭のことを知った男は女装し、木の上に隠れて祭が始まるのを待った。やがて祭が始まった。最初こそ賑やかなだけの彼女たちだったが、酒を呑み、肉を喰らっている内に、最高潮の時には松明を掲げて山中を全裸で乱舞するほどの激しいエクスタシー状態に陥っていた。その有様を見ていた男だったが、彼女たちの中に母親を見つけてしまった。男は母親を止めようと彼女の前に現れた。――さて、どうなったと思う?」
「えー……、悲劇、なんですよね……」
 んーんー唸りながら考えた裕子の答えは。
「正気に戻った母親が、恥ずかしくて自殺した?」
「んー残念。結末は二通りあってね」
 その先を言おうとした時。
「すみません、皆さん。悪いお知らせがございます。どうか、心を落ち着けて聞いてください」
 黒川さんたちが、真剣な面持ちで立っていた。
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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