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適当徒然

適当に徒然なことを記事にします。

ジュラシック・ワールド/炎の王国




 前作の大惨事のあと、恐竜だけが住むようになったイスラ・ヌブラル島に火山の大噴火の兆候が発見される。
 合衆国連邦議会が、恐竜保護は政府としては行わないという結論を出したことを知った、元ジュラシックワールドの経営者にして、現在は恐竜保護グループの代表であるクレア・ディアリングはロックウッド財団という慈善事業団体と連絡を取り、実際に代表に会いに行って恐竜保護計画の支援を取り付ける。
 クレアは田舎で半隠居生活を送っているオーウェンにも協力を依頼した。最初は渋ったオーウェンだったが、やはり大事にしていたヴェロキラプトルのブルーへの想いを捨てきれず、同行することを決める。団体メンバーでエンジニアのフランクリンと獣医のジアを含めた一行が島に到着すると、先行していた傭兵部隊と合流して、恐竜保護と並行してブルーを探し始めたが、その裏では、恐竜を巡ってもう一つ、別の計画が始まっていた――。

 以下ネタバレ含む感想。


 メイキングで製作のパトリック・クローリーが「本シリーズは『制御不能な科学』をテーマにしている」とコメントしたとき、本編を観ていて感じた違和感に気づきました。
 最後、プロローグとエピローグで登場したマルコム博士を除き、登場人物の全員が「眼鏡」を失くすかかけていなかったのです。そこに必要性をあまり感じられず、不自然さを感じました。
 もし意図があったのだとすれば、なぜ眼鏡は失われる必要があったのでしょうか。
 眼鏡は錬金術(科学の前身)において、「節制」(欲望におぼれて度を越すことがないように、適度につつしむこと)のシンボルです。また、タロットカードでは「冷静さ、責任、禁欲」の意味だが、逆位置では「アンコントローラブル」の寓意も含みます。
 その目的が金のためであれ、保護するためであれ、同情であれ、登場人物の誰もが感情(欲望)のままに行動します。科学は人の欲望とともに成長、変化してきましたが、肥大した欲望により肥大した科学は、時に人にも自然にも牙や爪を振るうことがあります。映画で例えるなら、前作ではインドミナスレックスの脱走、今作ではインドラプトルの誕生と人の手による恐竜の解放。そのボタンを押した人物は、科学によって生み出されました。
 クローリーはこうも言っています。マルコム博士は「理性の声の代弁者」だと。それゆえに、彼のみが終始眼鏡をかけているのではないでしょうか。偶然なのでしょうが。

(……なんか、支離滅裂だなぁ。)
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

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