niwakaの“あくまで個人の感想です。”

その名の通り熱しやすく冷めやすい"niwaka"が、徒然なるままに色々なことを書き散らします。

クラシックプレミアム 2015年 10/13号

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《政権に翻弄されながらも作曲家魂を貫いた名作曲家。》
 少年・青年期をロシア革命の中で、残りの人生をソビエト連邦の中で過ごした作曲家、ショスタコーヴィチ。朝令暮改の政権、そして政府の文化統制に翻弄されたショスタコーヴィチだったが、危機に瀕する度に自らの作曲で脱し、粛清されることなく比較的長生きすることができた。
 交響曲第5番が発表されたのは1937年。ソ連はスターリン一派による大粛清の真っ最中だった。誰もがいつ粛清の対象になるか判らない中で発表されたこの曲は当局にも好評で、そのためか、ショスタコーヴィチは粛清のリストに含まれることはなかった。
 だが自由と不自由、喜劇的と悲劇的、静寂さと荒々しさ、という二面性で、聴きようによっては「滅茶苦茶」とも思えるこの構成。
 自分の曲を「滅茶苦茶」と評していながら、白と黒とがその場の流れで簡単に入れ替わるような「滅茶苦茶」な政府を揶揄しているように感じるのは私だけだろうか。


 交響曲第9番は人間の感情から「怒」を抜いた「喜哀楽」で構成されているように思える。
 すなわち戦争が終わったことへの「喜」、戦争で亡くなった人々への「哀」、そして生者と死者双方を踊らせて楽しませる「楽」。
 政権が望むような壮大な讃歌でなかったのは、彼が元々厭戦家で勝利に対しては何の感慨もなかったからかもしれない。


 岡田暁生氏のコンサートから「即興」が廃れてしまったことへの考察は興味深かった。
 演奏ができないゆえに、演奏家を信用しきれない作曲家。どれだけ注文をつけても安心できない。演奏家が注文通りに仕上げたと思ってもまだ足りない。いや今回は上手くいったとしても次回はどうだろう、他の指揮者は? 楽団は?
 こうした作曲家の内にある理想を再現しようとする姿勢と焦りと不安が、今日のクラシック全体に付き纏う、閉塞感・排他的な空気が消えない原因の一つなのかもしれない。


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