殺人の人類史 上巻
優秀な統治をした一方で、残虐な鏖殺や虐殺を行った統治者。
善行をする一方で、異端には残酷な拷問や刑を執行する宗教者。
世界平和を訴える一方で、異論を述べる者には苛烈な口撃を行う活動家。
人間が持つこの二面性は果たして、一個人に限られる固有の特徴なのか、それとも万人に認められる普遍の本能なのか。
異色の批評家であった父の遺稿をもとに、その息子が血に塗れた人類史を紐解きながら、人類の根本にある「邪悪な何か――人に残酷な行為をさせる因子」について考察を試みた、コリン・ウィルソン流人類史研究の集大成。
上巻は、類人猿だった我々の祖先の頃から現代までに至る血みどろの歴史を開陳しながら、普通の人々が争う「根源」についての解読を試みている。最も興味深かったのは、一方的に相手から搾取する行為を「文明的食人」と評したことだ。奪う側は利益を得るが奪われる側は損しかしない。つまり、対象が財産なら「経済的食人」であり、いじめや強姦なら「精神的食人」ということになる。そしてそれは、殺して奪わない点"だけ"を見れば、「文明的成熟の結果として、最悪の犯罪行為までは行われていない」ともとれるのだ。
後半は主に戦争犯罪に言及するが、権力者が戦争を始める経緯の考察、これが2023年に発覚した、某中古車販売・買取会社の一連の件にも当てはまりそうなのだ。つまり企業犯罪、組織犯罪、国家犯罪、戦争犯罪、もちろん細部は異なるが根本だけを抽出すると、これらは全て同一の因子を含有しているという仮説が生まれる。そしてそれは、自覚的であれ無自覚であれ、条件さえ揃えば誰もが抵抗感薄く犯罪に手を染めるであろうことを暗示している。
本書を読めば、どのような権力者や指導者や政治家が犯罪を指示し、そして"奪うことを目的とした"戦争を始めるのかが解る、かもしれない。
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